こんにちは、黒羽です。

今日は、

【自分は何に満足する人間なのか?】

という話をしたいと思います。

これは仕事にも、お金にも、趣味にも、人生全体にも関係する話です。

僕は現在、キックボクシングと柔術のジムに通っています。

格闘技をやっていると、たまに言われることがあります。

「試合に出ないんですか?」

「せっかく練習しているなら試合に出たらいいのに」

「一度出てみたら?」

確かに格闘技をやっているなら、

練習する

試合に出る

勝つ

さらに上を目指す

という流れが一つの分かりやすい目標なのかもしれません。

でも僕は、今のところ試合に出たいとはほとんど思っていません。

なぜか。

怖いからでもありません。

勝つ自信がないからという話でもありません。

単純に、

【自分が何に満足しているのかを知っているから】

です。

■ 試合に出ることが「正解」とは限らない

格闘技をやる理由は、人によって違います。

試合に出て勝つことが楽しい人もいます。

ベルトやメダルを取ることに喜びを感じる人もいるでしょう。

昨日できなかった技が今日できるようになることが楽しい人もいます。

仕事が終わったあとに体を動かして汗をかくことで、ストレスを発散できることが嬉しい人もいます。

子どもと一緒に練習して、親子の時間が増えることに幸せを感じる人もいます。

仲間と練習して、帰りにくだらない話をする時間が楽しい人もいます。

全部正解です。

だから、

【格闘技をやっているなら試合に出るべき】

という話ではないんですね。

僕の場合は、日々練習すること自体が楽しい。

少しずつ技術が上達する。

体を動かす。

仲間と練習する。

健康を維持する。

これだけでも十分満足しています。

だったら、無理にその先へ進む必要はないわけです。

■ 「もっと上へ」が必ず幸せとは限らない

これは仕事とまったく同じだと思っています。

一人治療院をやっている。

売上が増えてきた。

すると、

「次は人を雇わないんですか?」

「店舗を増やさないんですか?」

「もっと事業を大きくしないんですか?」

と言われる。

格闘技で、

「試合に出ないんですか?」

と言われるのと、僕にはかなり似ています。

世の中には、

【次へ進むことが成長】

という考え方があります。

もちろん、それが楽しい人は進めばいいと思います。

でも、

次へ進むことで本当に自分が幸せになるのか?

ここは別問題です。

格闘技なら、試合に出るとなれば練習内容も変わるでしょう。

練習量も増える。

減量するかもしれない。

食事にも気を使う。

体調管理もよりシビアになる。

仕事との時間調整も必要になる。

家族との時間にも影響するかもしれません。

そして当然、怪我のリスクも高くなります。

それだけ準備して試合に出ても、勝つとは限りません。

負ければ悔しい。

勝ったら勝ったで、

「次はもっと強い相手と」

「次は大会で優勝を」

となるかもしれません。

それ自体がモチベーションになる人なら素晴らしいことです。

ただ、それを繰り返しているうちに疲れてしまう人もいます。

一つの大きな目標に向けて、自分をかなり追い込む。

そして目標を達成した瞬間に、一気に気持ちが切れてしまう。

いわゆる燃え尽きのような状態になることもあります。

僕は趣味でも仕事でも、

【一瞬ものすごく頑張ることより、良い距離感で長く続けられること】

の方を大切にしています。

■ 趣味で怪我をして、本業ができなくなったら?

僕の場合、格闘技はあくまで趣味です。

本業は別にあります。

だからこそ考えます。

趣味で大怪我をして、本業に支障が出たらどうなのか?

例えば手を怪我する。

肩を怪我する。

膝を怪我する。

腰を痛める。

施術者の場合、身体そのものが仕事道具です。

数週間仕事ができなくなれば、患者さんにも迷惑がかかります。

売上にも影響します。

家族にも影響します。

そう考えると、

「試合に出た方が格好いいから」

「周りに勧められたから」

「みんな出ているから」

くらいの理由で、自分にとって必要のないリスクを取る必要はないと僕は思っています。

これは臆病なのではなく、

【自分に必要なリスクと、必要でないリスクを分けている】

だけです。

僕にとっては、これもリスク管理です。

■ 僕は昔「ノリ」で怪我をしたことがあります

実は僕自身、昔これで失敗しています。

スノーボードをしていたときです。

友人たちと滑っていて、崖のようになったところからジャンプする場面がありました。

周りから、

「行けるよ」

「飛べ飛べ」

みたいな感じで煽られたんですね。

そして僕も、

「じゃあ行くか」

というノリで飛びました。

結果、足首を捻挫しました。

そのときに強く思ったんです。

【人に言われてやったことで怪我をすると、ものすごく後悔する】

と。

もちろん最終的に飛んだのは自分なので、責任は自分にあります。

でも、

「本当に自分はやりたかったのか?」

と考えると、別にそうでもなかったんです。

ただ周りのノリに乗っただけ。

これは非常にもったいないことだと思いました。

それ以来、

「人から勧められたから」

「周りがやっているから」

「やらないと格好悪いから」

という理由では、なるべく大きなリスクを取らないようにしています。

■ 他人は責任を取ってくれない

これって大人になればなるほど重要だと思います。

人は簡単に言います。

「会社を大きくした方がいい」

「社員を雇った方がいい」

「独立した方がいい」

「投資した方がいい」

「家を買った方がいい」

「試合に出た方がいい」

でも、その結果について責任を取るのは本人です。

社員を雇って大変になっても、その人は給料を払ってくれません。

投資で損しても、お金を補填してくれません。

怪我をして仕事ができなくなっても、代わりに働いてくれるわけではありません。

だから僕は、

【他人の価値観で、自分の人生のリスクを取らない】

ことがすごく大切だと思っています。

■ 「何をしているか」だけでは人は分からない

ここで僕が面白いと思っている考え方があります。

『論語』には、

「視其所以、観其所由、察其所安」

という言葉があります。

渋沢栄一も『論語と算盤』の中で、人を見る方法としてこの考え方を取り上げています。

簡単に言えば、

【視】
その人が何をしているのかを見る。

【観】
なぜそれをしているのかを見る。

【察】
その人が何に満足しているのかを見る。

という考え方です。

僕は特に最後の、

【何に満足しているのか】

がとても大切だと思っています。

例えば、ある人が多額の寄付をしたとします。

行為だけを見れば、とても素晴らしい。

では、なぜ寄付したのか?

困っている人を助けたいから。

ここまでも素晴らしい。

でもさらに、

「その人は何に満足しているのか?」

まで考えてみる。

もし、

新聞に取り上げられたい。

SNSで称賛されたい。

「すごい人ですね」と言われたい。

自分の評価を上げたい。

そこに一番の満足を感じているのであれば、その人の本質の見え方は少し変わってきます。

もちろん、結果として寄付によって誰かが助かるなら、寄付そのものには価値があります。

ただ、その人自身の「満足の場所」を見ると、別のものが見えてくるわけです。

反対に、名前も出さず、誰にも言わず、匿名で寄付している人がいたとします。

その人は、

「困っている人が少しでも助かればそれでいい」

ということ自体に満足しているのかもしれません。

どちらが良い悪いという単純な話ではありません。

大切なのは、

【人間は何に満足しているかを見ると、その人が大切にしているものが見えやすい】

ということだと思います。

■ では、自分は何に満足する人間なのか?

これは他人を見るためだけの話ではありません。

むしろ僕は、

【自分自身を見るために使った方がいい】

と思っています。

自分は何をしているのか。

なぜそれをしているのか。

そして、

【自分は何に満足しているのか?】

例えば仕事。

年商1億円になったら満足するのか。

社員が10人になったら満足するのか。

周りから「成功者」と言われたら満足するのか。

それとも、

生活に困らない収入がある。

平日に自由な時間がある。

好きなときに旅行へ行ける。

家族と過ごせる。

趣味を楽しめる。

それで十分満足なのか。

ここが分かっていないと、

他人の成功を見て、

「自分ももっとやらなければ」

となってしまいます。

■ 自分の「満足地点」が分からない人は走り続ける

僕はこれが結構怖いと思っています。

売上が1000万円になった。

次は2000万円。

2000万円になった。

次は5000万円。

社員が3人になった。

次は10人。

店舗が1店舗できた。

次は3店舗。

もちろん、それを心から楽しんでいるなら全く問題ありません。

でも、

「世間的に成功していると思われたい」

だけで走っていると、いつまで経っても終わりません。

格闘技と同じです。

試合に1回勝った。

次は大会。

大会で勝った。

次はもっと大きな大会。

上には上がいます。

終わりはありません。

だからこそ、

【自分はどこで満足する人間なのか】

を知っておく必要があります。

僕の場合、格闘技については、

試合に勝つことよりも、

日々楽しく練習できる。

少しずつ上達する。

健康でいられる。

怪我をせず長く続けられる。

これにかなり満足しています。

だったら、それでいいんです。

■ 「挑戦しない」のではなく「選んでいる」

こういう話をすると、

「挑戦しない人生はつまらない」

と思う人もいるかもしれません。

でも僕は、何でもかんでも挑戦すればいいとは思っていません。

挑戦にも選択が必要です。

自分の人生に必要な挑戦ならする。

必要のないリスクは取らない。

僕はそれでいいと思います。

人間には使える時間も、お金も、体力も限られています。

だから、

【何に挑戦しないかを決めることも戦略】

なんです。

■ 一番大切なのは「長く歩み続けられること」

僕は、仕事でも投資でも趣味でも、

短期間で一気に結果を出すことより、

【長く続けられる状態を作ること】

をかなり重要視しています。

無理をしすぎない。

怪我をしない。

病気にならない。

大きな固定費を抱えすぎない。

精神的に追い込まれない。

家族との時間を犠牲にしすぎない。

嫌になって全部辞めるところまで追い込まない。

そして10年、20年と歩み続ける。

こっちの方が最終的には強いと思っています。

一時的に100点を出して燃え尽きるより、

70点くらいでもずっと続けられる。

僕はそういう生き方の方が好きです。

■ 人生は「他人が採点する試合」ではない

試合なら勝敗があります。

勝者と敗者が決まります。

でも人生は、本来そういうものではありません。

会社を大きくした人が勝ち。

年収が高い人が勝ち。

社員が多い人が勝ち。

試合に出た人が偉い。

そんなルールはありません。

最終的に自分が、

「この人生で良かった」

と思えるかどうかです。

だからこそ、

人に勧められたからやる。

周りがやっているからやる。

成功者が言っているからやる。

ではなく、

【自分で考えて、自分で選ぶ】

ことが必要だと思います。

そして、その判断をするときに僕が大切だと思っているのが、

【自分は何に満足する人間なのか?】

という問いです。

これが分かってくると、不思議と余計な競争に巻き込まれなくなります。

他人と比べることも減ります。

必要のないリスクを取ることも減ります。

断ることもできるようになります。

「それは僕には必要ないです」

と言えるようになります。

僕にとって、

【自分の満足を知ること】

は、かなり重要なリスク管理です。

他人に煽られて崖から飛ばない。

他人に煽られて会社を大きくしない。

他人に煽られて投資しない。

他人に煽られて人生を決めない。

自分が本当に欲しいものを知り、

そこに必要なリスクだけを取る。

そして無理のない距離感で、長く歩み続ける。

僕は、それくらいがちょうどいいと思っています。

それでは、また。