こんにちは、黒羽です。
前回、
「昔は整骨院を開けばベンツに乗れると言われていた」
という話をしました。
この話を書きながら、
昔、柔道整復師の学校に通っていた頃のことをいろいろ思い出したんですね。
僕が学生だった頃、
学校には普段の先生だけではなく、
外部から講師の先生が来ることもありました。
開業して成功している先生。
複数の院を経営している先生。
業界ではそれなりに有名な先生。
そういう人たちです。
もちろん全員ではありません。
これは最初に言っておきます。
ただ僕の記憶の中では、
「成功している先生って、やたら羽振りがいいな」
という印象がありました。
ベンツ。
BMW。
高級時計。
ヴィトンなどのブランド品。
豪華な食事。
中には、
「自宅に寿司職人を呼んで握ってもらう」
なんて話をしている先生もいました。
当時の僕はお金がありませんから、
「すげぇな……」
と思って聞いていました(笑)
今になって考えると、
「あれは何だったんだろう?」
と思うんですよね。
もちろん本当にお金があったのでしょう。
でも、
単純に豊かな生活をしていただけなのか。
それとも、
学生に対して、
「俺は成功しているぞ」
「この業界で成功すれば、こんな生活ができるぞ」
と見せたかったのか。
もっと簡単な言葉で言えば、
ちょっと「イキりたかった」のか(笑)
今回はそんなことを考えてみたいと思います。
■ なぜ、あんなに豊かに見えたのか?
まず大前提として、
僕たち学生が学校で見ていた先生たちは、
「柔道整復師の平均像」
ではなかった可能性が高いです。
考えてみれば当然ですよね。
学校が外部講師として呼ぶなら、
開業してうまくいっている人。
複数院を経営している人。
業界で実績のある人。
経営について語れる人。
こういった人を呼びます。
逆に、
開業したけれど患者さんが来なくて困っている。
毎月資金繰りが大変。
廃業を考えている。
そんな人を、
「成功する整骨院経営について教えてください」
とは呼びませんよね。
つまり、
僕たち学生が見ていた世界には、
最初からかなり偏りがあったわけです。
成功した人は目立つ。
失敗した人は目立たない。
これは今でいう、
「生存者バイアス」
に近いと思います。
学生だった僕からすると、
成功した柔道整復師ばかりを見るので、
「柔道整復師って儲かるんだ」
「開業するとこんな生活ができるんだ」
「院長になればベンツに乗れるんだ」
そんなイメージが作られていきます。
でも実際には、
当然ながら全員がそうだったわけではありません。
■ 当時は「成功=分かりやすいモノ」だった
そしてもう一つ感じるのが、
当時は今以上に、
「成功をモノで表現する文化」
が強かったように思います。
ベンツ。
BMW。
高級時計。
ブランドバッグ。
大きな家。
高級料理。
こういったものですね。
ベンツに乗っていれば、
「あの人は成功している」
高級時計をしていれば、
「お金を持っている」
ヴィトンを持っていれば、
「余裕がある」
非常に分かりやすい。
今なら、
成功の形もかなり多様化しています。
会社を大きくしなくてもいい。
高級車に乗らなくてもいい。
たくさんの従業員を抱えなくてもいい。
地方でのんびり暮らしている人もいる。
海外を転々としながら仕事をする人もいる。
週3日だけ働く人もいる。
一人で小さな事業をやりながら、
十分な収入を得ている人もいる。
資産を作って、
仕事を減らしている人もいる。
つまり今は、
「何を持っているか」
だけでは成功を測れなくなっています。
でも昔は、
今より成功の記号が分かりやすかった。
その代表格が、
高級車だったのだと思います。
■ ベンツやBMWは「成功しました」という名刺だった
当時のベンツやBMWには、
今以上に強いブランドイメージがあったと思います。
もちろん、
単純に車として好きだった先生もいるでしょう。
安全性が好き。
高速道路を走ると楽。
長距離でも疲れにくい。
デザインが好き。
昔から憧れていた。
そういう人も当然います。
だから、
「ベンツに乗っている=全部見栄」
とは思いません。
ただ、
一瞬で自分の成功を伝えられるアイテムだったことも事実だと思います。
言葉で、
「私は経営者として成功しています」
と言うより、
ベンツから降りてきた方が早い(笑)
高級時計をして、
ブランドバッグを持って、
高そうなスーツを着ていれば、
説明しなくても、
「この先生、儲かっているんだな」
と学生は思います。
そういう意味では、
高級品そのものが、
成功者としての「名刺」のような役割をしていたのかもしれません。
■ 学生に「俺みたいになれるぞ」と見せたかった?
ここは少し意地悪な見方になりますが、
僕は、
多少はあったと思います(笑)
講師として学校に呼ばれる。
目の前には、
これから柔道整復師になる若い学生がたくさんいる。
その学生たちが、
「先生すごいですね」
「どうやったらそんなに成功できるんですか?」
「僕も先生みたいになりたいです」
と言ってくれる。
これは、
気持ちいいと思うんですよ(笑)
人間ですからね。
承認欲求は誰にでもあります。
自分が頑張って、
資格を取って、
修業して、
開業して、
患者さんを集めて、
スタッフを雇って、
事業を大きくした。
その結果として成功した。
だったら、
「俺はここまで来たんだぞ」
と見せたくなる気持ちは、
多少あっても不思議ではありません。
■ 高級品は「成功の証拠」として非常に便利だった
学生からすると、
経営の中身なんて分かりません。
その先生の売上も分からない。
利益も分からない。
借金がいくらあるのかも分からない。
キャッシュがどれだけ残っているのかも分からない。
でも、
乗っている車は見える。
時計も見える。
バッグも見える。
家の話も聞ける。
食事の話も聞ける。
だから、
「成功しているかどうか」を判断するとき、
どうしても目に見えるものに引っ張られます。
先生が、
「昨日は自宅に寿司職人を呼んでね……」
なんて話をしたら、
お金のない学生からすると、
「どんな世界だよ……」
となります(笑)
僕も当時だったら、
「そんな生活できるんだ」
と思ったでしょう。
そして、
「柔道整復師になって開業すれば、自分もいつか……」
と夢を見る。
そう考えると、
高級車やブランド品を見せることには、
単なる自慢以上の意味もあったのだと思います。
■ 「この仕事には夢がある」と見せる役割もあった
これは良い面として考えてみたいです。
成功した先生が、
あえて成功している姿を学生に見せる。
それによって、
「頑張ればこうなれる」
と思わせる。
これは必ずしも悪いことではありません。
僕自身も、
当時お金がありませんでした。
だから、
成功している先生を見て、
「自分も頑張れば、今の生活から抜け出せるかもしれない」
と思えた部分はあったと思います。
何も夢がない業界より、
「頑張った先にこんな未来があるぞ」
と見せてくれる人がいた方が、
学生のモチベーションになることもあります。
そういう意味では、
ベンツも、
高級時計も、
ブランド品も、
豪華な食事も、
ある意味、
「夢を見せるための道具」
だったのかもしれません。
■ ただし、「イキっていた人」も間違いなくいたと思う(笑)
とはいえです。
全部を綺麗な話にする必要もないでしょう(笑)
中には、
明らかに自慢したいだけじゃないの?
と思う先生もいた気がします。
聞いてもいないのに、
車の話。
時計の話。
売上の話。
豪遊の話。
「俺はこんな人と知り合いだ」
という人脈自慢。
こういう話ばかりする。
そして、
学生を少し下に見る。
そういう人がいたとしたら、
それはもう、
かなり「イキり」の要素が入っていたと思います(笑)
人間ですから、
成功すれば自慢したくなることもあります。
昔苦労していた人ほど、
「自分はここまで来た」
ということを見せたくなることもあるでしょう。
だから、
成功の演出。
学生への夢。
本人の趣味。
承認欲求。
優越感。
これらが全部混ざっていたのではないかと思います。
■ なぜ自宅に寿司職人まで呼ぶのか?
これも当時の僕からすると、
かなり衝撃的でした(笑)
寿司を食べたいなら、
寿司屋に行けばいいじゃないですか。
でも、
わざわざ寿司職人を自宅に呼ぶ。
自宅で握ってもらう。
これはもう、
食事だけが目的ではないですよね。
もちろん、
家族や仲間とゆっくり食べたい。
外に出る必要がない。
自宅で気兼ねなく楽しめる。
そういうメリットもあります。
でも同時に、
「自宅に寿司職人を呼べる生活」
そのものに価値があったのだと思います。
仲間を家に呼ぶ。
スタッフを呼ぶ。
知人を呼ぶ。
そこで職人が寿司を握る。
「すごいですね」
と言われる。
これも一つの成功の演出だったのでしょう。
今ならSNSに載せるところですが、
当時はリアルの場で見せていたわけですね。
■ 成功者の周りにいると「普通」の基準が変わる
そしてこれは、
結構怖いところです。
人間の金銭感覚は、
周囲の人にかなり影響されます。
周りがみんな軽自動車なら、
500万円の車でも、
「高っ!」
となります。
でも、
周りがベンツ、BMW、ポルシェばかりなら、
500万円の車が普通に感じてくる。
時計も同じです。
周囲が数万円の時計なら、
50万円の時計は高級品です。
でも、
100万円、200万円の時計をしている人ばかりのコミュニティに入れば、
50万円が安く感じてしまう。
怖いですよね。
そして業界の中でも、
「成功したらベンツ」
「院長なら高級時計」
「儲かったらブランド品」
という文化ができると、
次の世代もそれを真似します。
先輩がベンツ。
後輩も、
「俺も開業したらベンツ」
その後輩が成功して、
今度は学生の前でベンツに乗る。
そして学生が、
「俺もいつか……」
と思う。
こうして、
「成功者はこういうものを持つ」
という文化が連鎖していったのかもしれません。
■ でも、高級車に乗っている=お金持ちではない
これは今だから分かることです。
学生の頃は、
ベンツに乗っていたら、
「金持ち!」
と思っていました。
でも、
今ならそんな単純ではないことが分かります。
現金で買っているのか。
ローンなのか。
リースなのか。
法人なのか。
どれくらい事業で使っているのか。
そもそも資産はいくらあるのか。
借入はいくらあるのか。
そんなものは、
外から見ても分かりません。
年収が高くても、
全部使っていたら資産は残りません。
反対に、
普通の国産車に乗っていても、
金融資産を何千万円も持っている人もいます。
つまり、
「見えるお金」と、
「実際に持っているお金」は、
全く別物なんですよね。
■ 「経費だから高級車を買う」も少し違う
そして、
高級車の話になると必ず出てくるのが、
「経費で落とせるから」
という話です。
これも勘違いしやすいところです。
仕事で実際に使っている車であれば、
業務使用分について、
減価償却や維持費などを必要経費として扱える場合があります。
でも、
経費になるから無料になるわけではありません。
1,000万円の車を買ったら、
1,000万円もらえるわけではありません(笑)
税金が一部減るだけで、
お金そのものは出ていきます。
だから、
「税金払うくらいならベンツ買えばいい」
というほど単純な話ではありません。
本当に資産を増やすという観点なら、
高級車を買わずに、
そのお金を投資に回した方が合理的な場合もあります。
■ 昔の僕は「見える成功」に憧れていたと思う
これは僕自身もそうです。
昔は本当にお金がなかったので、
成功というものを、
かなり分かりやすい形で考えていたと思います。
たくさん稼ぐ。
いい家に住む。
いい車に乗る。
好きなものを買う。
こういう生活ができたら、
「成功した」
と思っていた部分があります。
別に今でも、
高級車が欲しい人は買えばいいと思っています。
ブランド品が好きなら買えばいい。
高級時計が好きなら買えばいい。
自宅に寿司職人を呼びたいなら、
呼べばいい(笑)
それで本人の人生が楽しくなるなら、
僕は全然いいと思います。
ただ、
今の僕は、
昔とは「成功」の基準がかなり変わりました。
■ 今の僕が思う「豊かさ」は少し違う
今は、
高級車に乗っていることより、
「嫌な仕事をしなくてもいい」
という方が豊かだと思います。
高級時計を持っていることより、
「平日の昼間に自由に時間を使える」
ことの方が僕には価値があります。
大きな会社を作ることより、
「誰も雇わず、自分のペースで仕事ができる」
方が合っています。
年商を競うことより、
必要なお金を稼ぎながら、
資産を作って、
自由な時間を増やす。
旅行に行きたいと思ったら行ける。
休みたい日は休める。
平日に出かけられる。
好きな仕事だけを選べる。
そして、
生活のためだけに働き続けなくてもいい。
僕にとっては、
こっちの方がよほど「成功」に近いんですよね。
■ 成功を他人に見せる必要がなくなると楽になる
これは資産形成をしていて感じることでもあります。
本当に自由になってくると、
意外と、
「人に成功していると思われたい」
という気持ちが薄くなってきます。
別にベンツじゃなくてもいい。
ブランド品を持たなくてもいい。
高級時計じゃなくてもいい。
SNSで豪華な生活を見せなくてもいい。
なぜなら、
自分が満足していればいいからです。
反対に、
他人から、
「すごいですね」
と言ってもらうことが成功の基準になると、
結構大変です。
もっといい車。
もっといい時計。
もっと大きな家。
もっと高級な店。
もっと大きな売上。
もっと多くの従業員。
上には上がいます。
終わりがありません。
■ 「見せる成功」から「自分が満足する成功」へ
僕が学生だった頃に見た、
ベンツに乗って、
高級時計をして、
ブランド品を持って、
自宅に寿司職人を呼ぶ先生。
当時の僕からすれば、
ものすごい成功者に見えました。
そして実際に、
事業で成功していた先生も多かったのでしょう。
それを否定するつもりはありません。
むしろ、
当時の僕に、
「頑張れば人生を変えられるかもしれない」
と思わせてくれた部分もあります。
ただ、
今の僕が同じ生活をしたいか?
と聞かれたら、
答えは少し違います。
今は、
人に「成功者」と思われることより、
自分が、
「この生活、結構いいな」
と思える方が大切です。
収入も大事。
資産も大事。
でも、
時間も大事。
自由も大事。
人間関係も大事。
健康も大事。
好きなことをできることも大事。
そして、
何より、
「他人と比較しなくても満足できる生活」
これがかなり重要だと思っています。
■ ベンツに乗ることが悪いわけではない
誤解してほしくないのですが、
僕は高級車を否定しているわけではありません。
前回のオープンカーの話と同じです。
本当に好きなら、
乗ればいいと思います。
ベンツが好き。
BMWが好き。
ポルシェが好き。
だったら、
それを買うために頑張るのも、
人生の楽しみです。
問題なのは、
「自分が欲しいから買う」のか、
「成功者だと思われたいから買う」のか。
ここだと思います。
自分が本当に欲しくて買ったなら、
それは自分のためのお金の使い方です。
でも、
他人にすごいと思われるためだけに買っているなら、
自分のお金を使って、
他人の評価を買っていることになります。
僕は、
この違いはかなり大きいと思っています。
■ 結局、誰のための人生なのか?
昔、
学校に来ていた成功した柔道整復師の先生たちは、
本当に羽振りがよく見えました。
ベンツ。
BMW。
高級時計。
ブランド品。
豪華な食事。
自宅に寿司職人。
そして、
その中には、
学生に、
「俺は成功しているぞ」
と見せたい気持ちがあった人も、
正直いたと思います(笑)
でも、
それが悪いとも一概には言えません。
その姿を見て、
「自分も頑張ろう」
と思った学生もいたでしょう。
僕もその一人だったかもしれません。
ただ、
今になって思うのは、
成功の形は一つではないということです。
ベンツに乗る成功もある。
大きな院を作る成功もある。
スタッフを100人雇う成功もある。
年商何億円を目指す成功もある。
一方で、
誰も雇わず、
小さく仕事をして、
必要なお金を稼いで、
資産を作り、
自由な時間をたくさん持つ。
そんな成功もあります。
どちらが正しいという話ではありません。
大切なのは、
「自分はどう生きたいのか?」
だと思います。
他人から、
「すごいですね」
と言われる人生を作るのか。
それとも、
自分自身が、
「いやぁ、この生活は最高だな」
と思える人生を作るのか。
僕なら今は、
後者を選びます。
昔は、
「成功したらベンツ」
だったのかもしれません。
でも今は、
成功の形なんて、
もっと自由でいい。
ベンツに乗ってもいい。
軽自動車でもいい。
ブランド品を持ってもいい。
ユニクロでもいい。
大きな会社を作ってもいい。
一人で仕事をしてもいい。
大切なのは、
「他人からどう見えるか」ではなく、
自分がどんな毎日を送りたいのか。
そこから逆算して、
仕事も、
お金も、
資産形成も、
働き方も決めていく。
僕はその方が、
ずっと自由で、
ずっと楽しい人生になるんじゃないかなと思っています。