こんにちは、黒羽です。
今日は、訪問鍼灸・訪問マッサージ、整骨院・治療院など、人の身体に直接触れる仕事をしている先生なら、一度は知っておいた方がいい、
「施術事故が起きたときのお金の対応」
についてお話ししたいと思います。
たとえば施術後、利用者さんやご家族から、
「先生に施術してもらってから痛みが強くなった」
「施術の後から腫れている」
「病院へ行ったら骨折していると言われた」
「施術中に転倒した」
「どう責任を取ってくれるんですか?」
こんな連絡が入ったとします。
これは施術者として、かなり焦ると思います。
長年施術をしていても、こういった連絡は決して気持ちのいいものではありません。
そして、こういうときほど真面目な先生は、
「とにかく早く謝らなければ」
「誠意を見せなければ」
「何か持って行った方がいい」
と考えると思います。
利用者さんのところを訪問して、直接お話を聞く。
これは対応として間違っているとは思いません。
まだ施術が本当に原因なのか分からなかったとしても、利用者さんが不安になっているのであれば、
状況を確認する。
体調を心配する。
話を聞く。
こうした対応は大切です。
では、そのとき、
「誠意を見せるために、お金を包んで持って行った方がいいのか?」
今日はここを考えてみたいと思います。
【誠意を見せるなら、現金を包んだ方がいい?】
たとえば、施術後に利用者さんが病院を受診したとします。
施術者としては、
「こちらの施術が原因かもしれない」
と思う。
そうすると、
「手ぶらで訪問するのも悪い気がする」
「菓子折りだけでは申し訳ない」
「1万円くらいお見舞金として包んだ方がいいのでは?」
そんなふうに考える先生もいるでしょう。
その気持ちはよく分かります。
特に、長年施術している利用者さんだったり、ご家族とも信頼関係を築いていたりすれば、なおさら何かしてあげたいと思います。
しかし僕なら、事故直後に自己判断で現金を包んで訪問することは慎重に考えます。
簡単な手土産程度にして、まずは利用者さんの話を聞く。
何が起きたのか、事実関係を確認する。
そして必要な対応を検討する。
こちらを優先した方がいいと思います。
【お金を渡すなら「何のお金なのか」が非常に重要】
事故後にお金を渡す場合、大きく考えると2つの意味があります。
一つは、
「損害賠償とは別に渡すお見舞金」
です。
そしてもう一つが、
「後に精算する損害賠償金の一部として、治療費を先に渡す」
という考え方です。
同じ1万円を渡したとしても、意味はまったく違います。
ここを曖昧にしてしまうことが、後々のトラブルにつながる可能性があります。
【お見舞金を簡単に渡さない方がいい理由】
たとえば、まだ施術との因果関係が分からない段階だったとします。
施術後に痛みが出た。
しかし、もともとの症状が悪化していた可能性もある。
日常生活の中で別の原因があったかもしれない。
既存の疾患によるものかもしれない。
つまり、
「施術後に症状が出た」=「施術が原因だった」
とは限らないわけです。
ところが、その段階で施術者が、
「申し訳ありませんでした」
と現金を持って行く。
施術者側は、
「責任を認めたわけではなく、純粋なお見舞いです」
というつもりだったとしても、相手が同じように受け取ってくれるとは限りません。
場合によっては、
「先生自身が事故を認めたから、お金を持ってきたんですよね?」
と思われる可能性もあります。
施術者側は「お見舞い」。
利用者側は「責任を認めたうえでのお金」。
この認識のズレが、後から問題になることがあります。
【明らかに施術者側に原因がある場合は?】
では、明らかに施術者側に原因がある場合なら、お見舞金を渡してもいいのでしょうか。
ここでも、
「こちらが悪いのだから、とりあえずお金を渡そう」
と単純に考えない方がいいと思います。
たとえば施術者が、
「ご迷惑をかけたので、これは気持ちです」
と3万円を渡したとします。
ところが、何のお金なのか明確にしていない。
すると後になって、
「この3万円はお見舞金ですよね?」
「治療費は別ですよね?」
「休業した分は?」
「慰謝料は?」
と話が広がっていく可能性があります。
こちらとしては、
「ある程度の補償の意味も含めて渡した」
と思っている。
でも利用者さん側では、
「純粋なお見舞いとしてもらった」
と思っている。
こうなると、良かれと思って渡したお金が、問題解決につながるどころか、話を複雑にする原因になってしまうことがあります。
【交通事故では、お見舞いに行くこともあるけど?】
ここで、
「交通事故では加害者がお見舞いに行くことがあるよね?」
と思う先生もいるでしょう。
確かにそういったケースはあります。
ただ、交通事故と施術事故をまったく同じように考えない方がいいと思います。
自動車事故では、任意保険の契約内容によっては保険会社が事故対応に入り、示談交渉サービスが付いていれば、損害賠償について保険会社側で進めていく仕組みがあります。
一方、施術事故では、事故直後から施術者本人が利用者さんやご家族と直接やり取りすることもあります。
だからこそ、
「交通事故でもやっているらしいから」
という感覚だけで、現金を渡すのは慎重に考えた方がいいでしょう。
【事故の連絡が来たら、早い段階で保険会社等へ相談する】
ここは非常に重要です。
施術事故の可能性がある連絡を受けたら、大きなお金を動かしたり、責任について約束したり、示談のような話を進めたりする前に、
加入している賠償責任保険の保険会社や代理店などへ相談する。
これは覚えておいた方がいいと思います。
どこまで補償されるのか。
どのような書類が必要なのか。
相手とどのような話をしていいのか。
誰が交渉するのか。
これは加入している保険によっても変わります。
自分で先に金額を決めたり、独断で話をまとめたりすると、後の保険対応に影響する可能性もあります。
ですから、
「自分のお金で払えばいい」
と考えるのではなく、まず相談する。
案件によっては、弁護士などの専門家へ確認することも大切です。
【それでも利用者さんの治療費が負担になっている場合】
では、施術との因果関係が比較的明確で、利用者さんが病院へ通院しているとします。
当然、治療費が必要になります。
何度も通院すれば、利用者さんがいったん費用を負担することになります。
中には、
「治療費を立て替え続けるのが経済的に厳しい」
という方もいるでしょう。
そうなると施術者側として、
「せめて治療費くらいは先に出してあげたい」
と思うかもしれません。
これは単なる「お見舞金」とは違います。
損害賠償金の一部として治療費相当額を先に支払う、
「内払い」「前渡し」
という考え方になります。
【本来は損害が確認されてから精算する】
基本的には、事故によってどの程度の損害が生じたのかを確認し、必要な資料を集め、損害額や責任関係を整理したうえで、必要であれば示談書等を交わして最終的な金額を支払う、という流れになります。
なぜなら、事故直後には最終的な損害が分からないからです。
通院が1回で終わるのか。
1か月続くのか。
さらに長期間になるのか。
検査費用はいくらなのか。
仕事を休む必要があるのか。
こうしたことは最初から分かるものではありません。
だから事故直後に、最終的な賠償まですべて決めてしまうのは難しいわけです。
【どうしても治療費を先に渡すなら「3つ」を明確にする】
施術との因果関係や責任が明確で、保険会社等にも相談したうえで、利用者さんの事情から治療費を先に渡す必要がある。
その場合には、少なくとも次の3点について認識を共有しておくことが大切です。
①これは治療費の前渡金・内払金であること
②後日、損害賠償額を精算するときには、その金額から差し引かれること
③診断書や治療費の領収書など、必要な資料を提出してもらうこと
ここを曖昧にすると、
「あのときのお金はお見舞金だったでしょう」
「治療費は別に払ってください」
となる可能性があります。
こちらは、
「いや、治療費として渡しました」
利用者さんは、
「そんな説明は聞いていません」
となれば、結局は「言った・言わない」になってしまいます。
【お金を渡すなら記録を残す】
もし治療費の内払いとして現金を渡すのであれば、何のお金なのかを明確にした受領書を用意して、利用者さんに確認・署名してもらう方法があります。
たとえば但し書きを、
「治療費内払」
などとして、支払いの目的が分かるようにする。
日付。
金額。
誰が支払ったのか。
誰が受け取ったのか。
支払いの目的。
こうした内容を残しておく。
事故対応では、
記憶より記録です。
【銀行振込なら記録が残るから十分?】
確かに、
「いつ、誰に、いくら支払ったか」
という事実だけなら、銀行振込は記録が残るので分かりやすいです。
ただし振込記録だけで、そのお金が、
治療費なのか。
お見舞金なのか。
慰謝料なのか。
損害賠償の一部なのか。
そこまで明確になるとは限りません。
だから振込を利用する場合でも、支払いの趣旨や後にどう精算するのかについて、別途確認できる形を残しておくことが大切です。
【「謝ってはいけない」という意味ではありません】
事故対応の話をすると、
「じゃあ、責任が確定するまで一切謝らない方がいいの?」
と思うかもしれません。
僕はそういうことではないと思っています。
利用者さんが痛い思いをしている。
不安になっている。
ご家族も心配している。
そんなとき、
「まだうちの責任か分かりませんから」
と冷たく対応したら、それこそクレームが大きくなることがあります。
たとえば、
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「お体の状態が心配です」
「まず詳しい状況を確認させてください」
「必要な対応について確認します」
こういった言葉を伝えることはできます。
大切なのは、
相手を気遣うことと、医学的・法的な因果関係や損害賠償責任をその場で確定することは別
と考えることです。
【事故直後に「全部払います」は言わない】
僕が怖いと思うのが、突然のクレームに慌てて、
「全部こちらで払います!」
「治療費はいくらでも出します!」
「仕事を休んだ分も全部補償します!」
「慰謝料も払います!」
などと約束してしまうことです。
でも、その時点では何が起きたのか分かっていません。
診断も分からない。
因果関係も分からない。
損害額も分からない。
責任の範囲も分からない。
保険会社にも確認していない。
だったら、その場で最終的な約束をする必要はありません。
まず利用者さんの話を聞く。
必要な受診につなげる。
事実を記録する。
保険会社等へ相談する。
一つずつ進めていくことが大切です。
【実は事故そのものより「初動対応」が怖い】
施術事故について考えるとき、僕が非常に重要だと思うのが事故発生直後の対応です。
事故そのものは同じでも、その後の対応によって問題の大きさが変わる場合があります。
連絡を無視する。
折り返さない。
利用者さんの話を聞かない。
最初から、
「うちのせいじゃありません」
と突っぱねる。
反対に、何も確認していないのに、
「すべて私の責任です」
と認めてしまう。
現金を渡す。
何でも補償すると約束する。
記録を残していない。
こうした初動対応が、後々大きな問題につながることがあります。
【事故は「技術が下手な人」だけに起きるものではない】
施術事故というと、
「乱暴な施術をしたから起こる」
「経験の浅い施術者が起こすもの」
と思いがちです。
でも、実際にはそう単純ではありません。
高齢者。
骨粗しょう症。
抗凝固薬などの服用。
糖尿病。
その日の体調変化。
疲労。
施術前後の移乗。
ベッドからの立ち上がり。
訪問先の環境。
そして、
ちょっとした確認不足。
ちょっとした説明不足。
こうした普段の施術の中にも、事故につながるリスクがあります。
だから、
「経験年数が長いから大丈夫」
「施術が上手だから大丈夫」
「今まで事故を起こしたことがないから大丈夫」
とは限らないんですね。
【事故が起きてから調べるのでは遅い】
今回僕が一番お伝えしたいのは、ここです。
事故対応については、
事故が起きてから初めて調べるのではなく、何も起きていないときに知っておく。
これが大切だと思います。
普段なら冷静に考えられます。
でも利用者さんのご家族から突然、
「先生の施術で骨折したんじゃないですか!」
と電話が来たらどうでしょう。
おそらく、普段通りには考えられないと思います。
だから事前に、
事故が起きたら誰に連絡するのか。
利用者さんから何を確認するのか。
何を記録するのか。
どこまで話すのか。
保険会社にはいつ連絡するのか。
訪問するときはどうするのか。
お金の話が出たらどうするのか。
こうした基本的な流れだけでも知っておく。
それだけで、万が一のときの対応はかなり変わってくると思います。
【「治す力」だけでなく「守る力」も必要】
施術者にとって、技術力はもちろん大切です。
利用者さんの身体を少しでも良くする。
痛みを軽減する。
生活しやすい身体をつくっていく。
そのために僕たちは技術を勉強します。
でも、長くこの仕事を続けるのであれば、それと同じくらい、
「守る力」
も必要だと思っています。
利用者さんを守る。
自分自身を守る。
自分の仕事を守る。
長年積み上げてきた信用を守る。
そのためには、事故を起こさないための知識だけでなく、
万が一何か起きたときに、どう対応するのかを知っておくこと
も大切です。
【誠意とは「とにかくお金を払うこと」ではない】
事故やクレームが起きると、
「誠意を見せなければ」
と考えます。
でも僕は、
誠意=すぐに現金を渡すこと
ではないと思っています。
相手の話をきちんと聞く。
身体の状態を心配する。
必要な医療につなげる。
事実関係を確認する。
必要なところへ相談する。
記録を残す。
そして、責任が明らかになれば、必要な対応をきちんと行う。
こうした一つひとつの行動も、十分に誠意だと思います。
焦ってその場を収めようとするより、
冷静に、
丁寧に、
順番を守って対応する。
事故対応では、こちらの方が大切ではないでしょうか。
施術事故は、誰だって起こしたくありません。
でも、人の身体に触れる仕事を長く続けている以上、
「絶対に何も起こらない」
とは言い切れません。
だからこそ、
事故を必要以上に怖がるのではなく、
「もし起きたら、自分はどう動くのか」
を普段から考えておく。
それが利用者さんにとっても、施術者にとっても、安心して施術を続けていくための備えになると思います。